特撮・アニメの作品レビューの同人誌を発行しています
大泉パラダイスのブログです。
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「5時に夢中!」(TOKYO MX テレビのバラエティー番組)
来週のゲストに水野真紀、というのを見て、これを書くことにした。
読唇の時にはお嫁さんにしたい系の清楚さが売りの人だったが
国会議員と結婚して、さらに女優業を続けているということに
それについてのコメントなどを聞いたり読んだりしたわけだはないが、
玉の輿に乗って一丁上がりになりたくないが故に仕事を続けている
一人の女性、という風に私は見ている。
その人が今度はこんな汚れ番組に出るという。
お高く止まってなさ感ハンパない、といったところ。
つい先日、ラジオ番組を持っていることを知って聞いてみたが
結構な毒舌で、軽く引くくらいであった。
ちょっと5時夢、期待したい。
来週のゲストに水野真紀、というのを見て、これを書くことにした。
読唇の時にはお嫁さんにしたい系の清楚さが売りの人だったが
国会議員と結婚して、さらに女優業を続けているということに
それについてのコメントなどを聞いたり読んだりしたわけだはないが、
玉の輿に乗って一丁上がりになりたくないが故に仕事を続けている
一人の女性、という風に私は見ている。
その人が今度はこんな汚れ番組に出るという。
お高く止まってなさ感ハンパない、といったところ。
つい先日、ラジオ番組を持っていることを知って聞いてみたが
結構な毒舌で、軽く引くくらいであった。
ちょっと5時夢、期待したい。
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映画「仮面ライダー1号」の公開を控え、
プロデューサー、脚本家によるトーク番組がネットで行われた。
筆者は見ていないが、
これの司会を務めた評論家の宇野常寛がツイッター上でファンの言動への苦言を呈している。
その発言も具体的に見ていない。
詳しいことは、宇野自身の当該ツイートを見ていただくこととして、
一般論として考えるのは、
ノイズに対する耐性が全般的に低くなっている傾向があると思われることだ。
昔はラジオはおろか、テレビを見るのでも雑音や電波障害は当たり前の頃に子供時代を過ごしている。
よく「今の子は我慢をしらない」などと言われるが、
昔は親がしつけをしようがしまいが、
そもそもがノイズだらけで、自然とそれに耐えなければいけない社会状況だったのだろう。
やがて、イヤホンなどにノイズキャンセラーなどがついたり、
デジタル化が進んでノイズとは無縁になりつつある。
しかし、本来、人間同士が一緒に社会を営むことによるノイズの発生は
おそらく原理的に避けられないと思われ、であるならば
ノイズに対する耐性はいつの時代も「人間にとって」必要だろう。
「学級崩壊」という言葉がマスコミで聞かれるようになって久しいが
詳しいこと(それが個人の気質に起因するのか社会的な原因があるのか)は分からないが
「人の話を聞く」ということすら、危うくなっているメンタリティなり風潮なりが
あるらしいのは想像に難くない。
「仮面ライダー」の話題なので、話をそこに戻すと
仮面ライダーは改造人間、人体に機械を埋め込まれたキャラクターであるのだが、
特筆すべきは、これが「悲しみ」として捉えられていることだろう。
昨今、デジタル化の進展は人体に機械が埋め込まれていないまでも、
携帯端末などの普及が、一種の「改造人間」を生み出していると言えないだろうか。
人間の思考などが機械にアウトソーシングされつつあることは間違いない。
そのことは、ノイズ耐性の低減と無関係ではないだろう。
もしかすると、メンタリティの面で「ノイズキャンリング機能付き人間」は
すでにいるだろう。
そこには一種の「快適さ」を求めたが故の帰結がありそうだ。
「改造人間」になっていくことを「悲しみ」として捉えるのか否か。
「仮面ライダー」が、時代の変化の中でどう立ち現れるかは
そうした点に重大な問題を投げかけるのではないだろうか。
今度の「仮面ライダー1号」が、「改造人間にされた悲しみ」を謳う作品かどうかは、
注目して良い点かも知れない。
プロデューサー、脚本家によるトーク番組がネットで行われた。
筆者は見ていないが、
これの司会を務めた評論家の宇野常寛がツイッター上でファンの言動への苦言を呈している。
その発言も具体的に見ていない。
詳しいことは、宇野自身の当該ツイートを見ていただくこととして、
一般論として考えるのは、
ノイズに対する耐性が全般的に低くなっている傾向があると思われることだ。
昔はラジオはおろか、テレビを見るのでも雑音や電波障害は当たり前の頃に子供時代を過ごしている。
よく「今の子は我慢をしらない」などと言われるが、
昔は親がしつけをしようがしまいが、
そもそもがノイズだらけで、自然とそれに耐えなければいけない社会状況だったのだろう。
やがて、イヤホンなどにノイズキャンセラーなどがついたり、
デジタル化が進んでノイズとは無縁になりつつある。
しかし、本来、人間同士が一緒に社会を営むことによるノイズの発生は
おそらく原理的に避けられないと思われ、であるならば
ノイズに対する耐性はいつの時代も「人間にとって」必要だろう。
「学級崩壊」という言葉がマスコミで聞かれるようになって久しいが
詳しいこと(それが個人の気質に起因するのか社会的な原因があるのか)は分からないが
「人の話を聞く」ということすら、危うくなっているメンタリティなり風潮なりが
あるらしいのは想像に難くない。
「仮面ライダー」の話題なので、話をそこに戻すと
仮面ライダーは改造人間、人体に機械を埋め込まれたキャラクターであるのだが、
特筆すべきは、これが「悲しみ」として捉えられていることだろう。
昨今、デジタル化の進展は人体に機械が埋め込まれていないまでも、
携帯端末などの普及が、一種の「改造人間」を生み出していると言えないだろうか。
人間の思考などが機械にアウトソーシングされつつあることは間違いない。
そのことは、ノイズ耐性の低減と無関係ではないだろう。
もしかすると、メンタリティの面で「ノイズキャンリング機能付き人間」は
すでにいるだろう。
そこには一種の「快適さ」を求めたが故の帰結がありそうだ。
「改造人間」になっていくことを「悲しみ」として捉えるのか否か。
「仮面ライダー」が、時代の変化の中でどう立ち現れるかは
そうした点に重大な問題を投げかけるのではないだろうか。
今度の「仮面ライダー1号」が、「改造人間にされた悲しみ」を謳う作品かどうかは、
注目して良い点かも知れない。
野球賭博に関わったとされる選手の記者会見についての雑感をメモ的に。
あくまでも象徴的な一例にすぎないが
自分の妻を公式の場で「奧さん」と言って特に疑問を感じない感覚はやはり幼いと言わざるを得ないだろう。
「恐い人」「恐ろしい人」などの言葉の使い方からも、
やはり社会常識のなさが漂う。
昨今の風潮として、入れ墨を入れることへの抵抗感が社会から減っているが、
本来、どのような社会的な文脈があったのかということの述べ伝えが途切れているらしいことは
想像に難くない。
興行には、反社会的な団体につけこまれがちなことも、
このような事例から、やはり今も昔と同じようにあるのだという理解が広まることが望ましい。
プロスポーツの年俸などが「子供の夢」として語られる風潮も、
大人から子供へ伝えられる価値観としていかがなものかと思う。
おそらく「賭け事はなぜいけないとされているのか」
で、ありながら「なぜ国によって管理されているのか」などについて
これは昔からあまり理解が広がっていないのではないだろうか。
最近、競馬のCMで「楽しんだもん勝ち」みたいなキャッチコピーがあったと思うが、
危機感を感じるのは私だけではないだろう。
必要なのは、子を持つ親の見識だと思う。
あくまでも象徴的な一例にすぎないが
自分の妻を公式の場で「奧さん」と言って特に疑問を感じない感覚はやはり幼いと言わざるを得ないだろう。
「恐い人」「恐ろしい人」などの言葉の使い方からも、
やはり社会常識のなさが漂う。
昨今の風潮として、入れ墨を入れることへの抵抗感が社会から減っているが、
本来、どのような社会的な文脈があったのかということの述べ伝えが途切れているらしいことは
想像に難くない。
興行には、反社会的な団体につけこまれがちなことも、
このような事例から、やはり今も昔と同じようにあるのだという理解が広まることが望ましい。
プロスポーツの年俸などが「子供の夢」として語られる風潮も、
大人から子供へ伝えられる価値観としていかがなものかと思う。
おそらく「賭け事はなぜいけないとされているのか」
で、ありながら「なぜ国によって管理されているのか」などについて
これは昔からあまり理解が広がっていないのではないだろうか。
最近、競馬のCMで「楽しんだもん勝ち」みたいなキャッチコピーがあったと思うが、
危機感を感じるのは私だけではないだろう。
必要なのは、子を持つ親の見識だと思う。
過去の科学者が登場する「ドミトリーともきんす」という漫画があるが
たぶん元になっているのが「不思議の国のトムキンス」という本で
この本は
その昔の漫画家・うしおそうじ(ピープロ創設者鷺巣富雄のペンネーム)が愛読していたものだそうで
その著者の『ジョージ・ガモフ』にあやかって
スペクトルマンの主人公の名前・蒲生譲二(がもう・じょうじ)は付けられたそうである。
思えば「スペクトル」マン、というネーミングも物理学の匂いがするのも、
こんな辺りと相通ずるものがあるのかも知れない。
たぶん元になっているのが「不思議の国のトムキンス」という本で
この本は
その昔の漫画家・うしおそうじ(ピープロ創設者鷺巣富雄のペンネーム)が愛読していたものだそうで
その著者の『ジョージ・ガモフ』にあやかって
スペクトルマンの主人公の名前・蒲生譲二(がもう・じょうじ)は付けられたそうである。
思えば「スペクトル」マン、というネーミングも物理学の匂いがするのも、
こんな辺りと相通ずるものがあるのかも知れない。
TBSの小林悠アナと5時夢の内藤聡子がやめるというのを
ほぼ同時に知ってなんだか失恋気分。
ほぼ同時に知ってなんだか失恋気分。