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特撮・アニメの作品レビューの同人誌を発行しています 大泉パラダイスのブログです。
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動物戦隊ジュウオウジャーのエンディング曲

戦隊シリーズのエンディングが、

出演者が視聴者に対し共にダンスをするよういざなうような形式になって久しいが

今年も然り。

この中で「言葉なんかいらない まねしよう」といったような一節がある。


これが、従来通りの「一緒に踊ろう」のみならず

この戦隊の「動物」モチーフと重ね合わせて見ることができるところが面白い。


「模倣」は、その昔アリストテレス辺りから「ミメーシス」という言葉で

重要とされてきた概念だそうである。

さらに遡り、

アッシリアから戦闘に於いて用いられてきた「ファランクス(集団密集戦法)」に

由来するもの、とのことで

「伝染」などとも訳される。


本来の意味は、立派な行為に心打たれ、それが伝染する・感染するということで、

誰かの真似をする、ということの前提に「立派な行為を(人を)」というものがあるはずだが、

おそらく近年この辺が変わってきている。


自分の上位の人や優れた行為を真似するのではなく、

下位の人や劣った人の行為を真似する、というケースが増えているはずである。

また、その背後には「生きにくさ」の感覚があり、

その解消として「あの人たちは、あんな風にして生きやすくしているようだ」という発見があって

そのことが伝染しており、

筆者の実体験としては、1970年代に不良文化が広まったことに端を発していると思っているが

世代を経て、ヤンキー文化やヤンキー漫画の隆盛の中で

「ダンス」の学校教育の導入にまで至ってる、と考えている。


そうした流れの中で「動物戦隊」に於ける「ダンス」と「模倣」は

日本人の文化的な流れの中で、一定の整合性をもった「結果」あるいは「帰着」として

あるのだろう。

個人的には、それらの文化とは足並みを揃えないで生きてきたが、

「楽しければいいなじゃないか、何が問題なんだ」と言う人には特に返す言葉はない。

オープニングの言葉にある通り『群』の行動形態として、まさに「自然」であるだろう。

だが、やはり「どこかに問題があるのではないか」と微かに思う人には

こうして語りかけ、その感覚を共にしたいとは思っているのである。
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